昭和四十九年二月二十八日 
X御理解 第二十五節
信心は 大きな 信心が良い、迷い信心では いかぬ、一心と定めい。

 祈りの言葉の中に大きな事を願う世界中のことを、と、そういう事ではないと思うです大きな信心とは、それは勿論それが祈れることを願うのは当然ですが、言うておることが大きなことばかり言うておる、と云うことが大きな信心と云うことではないです、今の合楽の信心が、そういう大きな事ばかり云うておる、と云う様な、大きな信心が信心が良いと仰せられるけど、大きな信心ではなくて、大きな事ばかり云うておるのが、今の合楽の信心ではないかと思う、と云う様な気が今日はしきりと致します。
 昨日の朝、久富くにかさんが、お知らせを頂いたと云うお届けがありました、それにはお言葉で、『本家は夕焼け』と頂かれただから久富くにかさんの本家、のところの本家と云えば、やはり久富繁雄さんのところだと思うです、『本家は夕焼け』所謂茜雲で真赤に西の空が美しいまでに、映えておると云う様ですね。
 夕焼けとは成程、繁雄さん達御夫婦の実位丁寧な信心で、ああして本当におかげを受けておられるいろいろな意味でおかげを受けておられる、けれども、それは夕焼けのいはば茜雲の美しさであって、いはば朝日の美しさではない朝日の勢いではない、これはもう暫くすると、夕暮れ、そして真暗になる、前提である、そういえばそうですねそして、日が暮れて、真暗になることは、道理ですから、それを否むわけには行きません、それを困るという事ではありません、けれどもどんなに真暗になっても、生き生きとした信心の光というものが夜でも真暗になっても不自由しないだけの信心の光のおかげでと云えれる様なものを。
 例えば国雄さん達夫婦が今こそ気付かせて貰う頂いとかねばならぬ時ではなかろうかねと云うて話した事でございますけれども、段々考えよりましたら、それは本家は夕焼けということは、これは合楽教会自体の事ではなかろうかと、今朝からまた思うんです、所謂信心の本家といえば、皆さんの場合は私のことを親先生と云いまたは、此処を親教会ということになるのですから、その合楽の信心こそ今、『本家は夕焼け』という事ではなかろうか、ならそれは夕焼けになっても構はない、そうなるのが当然。
 けれども果たしてその、夕焼けの後の、不自由しないだけの光を、お互いが持っておるだろうか、まず第一に私の方の子供達なら子供達にでも、昨日国雄さん達夫婦といって様なことで聞いて貰うたけど、なら私どもの家の若先生達夫婦又は子供達、が果たして親の信心の光が消えた、いうならば夕焼けになった、その夕焼けの賑やかさというか、茜雲の美しさというか、只それにです、只私共が合楽の御ヒレイとか合楽の信心というた様なものを云々しておる事ではなかろうか、之はいつ私は、日が西の山に沈んでしまって、暗くなっても信心の光というものは、心の中に絶やしてはなりませんが、その光で不自由せんものを、頂いておるかどうかと。
 今朝あたりの御祈念などを此処で聞かせて頂きよりますとその思いが愈募る感じが致します、若先生先唱もそれこそ寝惚けた様な声で、大祓を上げて天津祝詞を上げて、それに続かれる皆さんも、まあ睡うしてこたえんという感じの大祓が上っておる、お広前全体が今日は何とはなしにそういう、雰囲気であり、そういう感じである。
 これは本家は夕焼けということは、それは成程久富繁雄さん達一家という風に頂いて、繁雄さん達の信心とまたは子供達の信心というものが、それに相まって行く、ということに気付かせて頂くということは尊いことだけども引いてはこれは合楽教会自体のことである、という風にまあ私は気付かせて頂いたんです。
 どうだろうか、朝日の登る、勢いの、いうならば東の空が真赤に焼けて、いわゆる曙、の明るさと、夕焼けの明るさとは、美しい賑やかと云った様な意味では、夕焼けの方が素晴らしいか知れませんけれども、どちらだって良いです、けども問題は、暗くなった時に、暗い思いをせんで済む信心が果たして次の時代の人達に、継承されておるかどうかと、いうことです。
 合楽の成程世界に和賀心時代を布くとか、又は海外布教とか、又は天下国家の事を、祈り願っておるから、それが大きい、成程大きいかも知れませんけれども、大きいものがうつろの様な大きさでは、問題は一歩一歩がいはば踏みしめられた、いうなら千里の道も、やはり一ぺんに一足飛びにそこへ着くのじゃない、一歩一歩確実に、進めて行くということが、大事だと、大きな信心とは、だから小さい信心から、育って行かなければならない。
 大きなことを云いよって小さいところから、いうなら抜けてしまう様なことではそれはつまらんそのつまらんという信心が、合楽にピッタリではなかろうかと云う、様なことを感じさせて頂きます。
 昨日は、久留米の佐田さんのところのおじいさんの一年の式年祭が、二時過ぎてましたでしょうか、大体一時でしたけど準備が出来てませんでしたから、二時過ぎになったでしょう、勿論御親戚の方達ばかり、皆立派な御親戚の方達ばかりが、見えとりまして、大変厳粛な、それでいて大変、有り難い式年祭を私は奉仕させて頂きまして、もう私は昨日程、信心のない方達ばかりを前にして、昨日ほどこんな懇切丁寧な御理解があるだろうかといった様な、御理解を頂いて、説く私自身も大変おかげを頂いたんです。
 又信心のいはば佐田の家といへば、仏経に凝り固まって、もう月に一回づつは、偉いお坊さんを呼んで、此処でいうなら、共励会の様なことを必ずなさったり先祖まつりを大変大事になさった家柄でありまいす、十何代も続いておる、いうならば『老舗』でしたけれどもまあ本家の方は、ご承知の様に倒産されて、今はぼちぼちやっとられるということでしょうか。
 そういう御親戚の方達のまたそれにあちらの若奥さんの御親戚やらも昨日見えとりましたが、私行きがけに神様にお願いさせて頂いとりましたらあちらの、若奥さんが茶室でお茶を点てようとしておられるところを頂いた、ところが余り膝を進めすぎて、丁度こう炉が切ってありましてね、その炉の縁に膝を持って行ってだから点前をしょうと思っても出来ない同時にその炉の火で膝が熱いといった様な、感じのところでした。
 今、茶室の炉が切ってあるでしょう、そのお茶をするために、膝を進め過ぎておる、だから膝がその炉の縁から少し出ておる、からお茶の点前が出来ません、そして自分はその膝の熱い思いをしている、これは合楽のいうなら欠陥私自身がすぐ出過ぎるし、悪くいうとオッチョコチヨイです、よういえば積極的ということなんです、そこで冷水をパッと掛けられると、ハッとすぐ気が付くんですけど、どうも膝が出過ぎる訳です、だからその親戚の方達の雰囲気から感じきすと、何とはなしにそういう肝心要の東京、日田あたりから、恭造さんの兄弟達が皆、見えてました。
 本当にこういう有り難い、式年祭を仕へて貰うて、本当に有り難い、じいちゃまも喜びよんなさるじゃろうと、いった様な雰囲気がチットモ感じられないまあそれこそ沢山のお金もかけられた事でしょうし、それこそ一日も二日も前から、勝手の方なんかは、御用に行っておられる、御直会の準備なんかの、そういう、大事をなさっとられる、家の中も奇麗になっとる、それだけのことをしながら、いうなら肉親の娘さん達なら娘さん達に、本当に本気でこんなにしてもらって、父もどんなにか喜びよる事じゃろう、恵美子さん本当に御苦労さまという様に、本当いうなら他所に行っている娘さん達から嫁の恵美子さんはお礼をいはれなければならない立場にある、姉さん本当に大事でしたでしょうと。
 ところがそれを反対の様なものが、私達は感じたんです、これもいはば合楽のいはば手本の様な信心をなさってある佐田さん一家特に、若奥さんの信心なんかはそれですけれども、いうならば、合楽の長所と欠点を備えるておられる様な感じです。
 ならそういう傾向が合楽の全部の人にある訳です、これはもう私を中心に、そして信徒会長の秋永先生に於ても然りであります、総代さん辺りの高芝さんあたりでも然り、これは仕方がないのですね、或る意味に於て、類は類を以て集まるというのですから、ですから矢張り私共が長所欠点をよく心得ておって、おきませんとやはり、これは只おかげを頂いて、段々、いうならば茜雲の美しいさ、西はいへば夕焼け、それはお天とう様が沈もうとなさる、時の情景である。
 それも道理ですから、構いません、そうあるのが本当です、いつも朝日であるとは限りません、けれども暗くなった次の瞬間にです、信心のいはば電気がパッと照る様に、一つも夜になってからとて不自由のない信心が出来ておる、かというと、くにかさんが頂かれている様に、本家は夕焼けという、ところからです、私昨日そのことを頂いて、これは繁雄さん一家の事だなと、成程国雄さん達夫婦が、本当の意味に於ての、信心の継承がなされる、そこに気付かねばいけないなと、思うたけれども、今日考えさせて貰うと、やはり本家とは合楽の事だ、合楽教会自体のことだ。
 茜雲の美しさ、それは只、合楽の、素晴らしさだとか、御ヒレイだとか、こういうておったんではです、これは、それこそ、暗い思いをせなければならない様になりはしないか、特に今朝の御祈念の、様子なんか見ておると、成程朝の御祈念と云った雰囲気がない。
 引き続いて昨日はあちらでは久留米支部の共励会でございましたから、私もその共励会に残らせて頂きました、沢山いつもこんなに沢山集まって来るんですかと、はあ、いつもこの人数が集まるのですよと然も男の方達が、占めておりましてねもう本当に素晴らしいいはば共励会の雰囲気でございました、その中に昨日は丁度、杷木の教会で、筑水の信徒会の信心共励会がございました、合楽から秋永先生を先頭に、六名ですかおかげを頂いとる、そこで私は、あちらの共励会の雰囲気というか、どういうおかげを頂いて来られたのを、発表して下さいと一二の方に発表して下さいというから、わかり易くいうたら、とても合楽で頂きよっては、他所ではどんこんされんといったごたる風な、話ばかりなさいました。
 もう話でも、眠気のつくごとして、下手の長談義で一時間もさっしゃったけんもう寒うして寒うして風邪ひいたと、云う様な表現をした、成程合楽はおかげ頂いて、こうやって、暖房付きでそして各々も寒さも感じんけれども、かえってどんどんとなる様なことはなかろうか、おかげ頂き過ぎて、それこそかえって、あかげ頂いとらんそれを聞き終ってから最後に秋永先生が発表しとられましたがね、本当に合楽のものは、人の話を聞く姿勢が出来ていないよと、第一杷木教会のいはば中心の方達が燃えておる証拠には、今までかってない程、六十五名杷木教会の信者さん方が出ておったと、大した大した御信者がない中にですよ、行く度に教会が奇麗になっとる。
 こんど立派な玄関が出来て、それから大きな運動場の様な、広い敷地が出来て、そこでバレーボールならバレーボールが二組出来る様な、設備がちゃっと出来ておって、やはり生き生きとして、おかげを受けて居るということ、そしてその御信者さん方のお話もです、誰々さんの皆の話を秋永先生が聞かせて頂いてです、成程話が上手とか、合楽の様に、噛んで含める様な御理解を頂いてない証拠にです、お話は上手とも思いませんし、聞き様では眠気のつくお話しだけども、その内容そこのところに光っておるものそれは事実小さいことでも、実行して居られるじゃないかと、そしておかげを受けておるではないかと、私はその話を聞いて、私は大変おかげを頂いた。
 と云う話をしとられました、合楽の場合のように只話があんまり上手じゃないから、しかも只長談議だから、眠気が付いたり只寒さしか感じなかったけれども、私は折角、一日間を、お金時間をつぶして行くのだから、そこから何かを得てこなければです、いけんのじゃないかと、そういう姿勢が、合楽の人達全部に欠けておるのじやないかと、正しくそうだと私は思いました。
 先日二十四日の日は、田主丸の教会の報徳祭でした、だから鳥栖の方も大祭でしたから、若先生と末永先生が、手分けして参りました、それで帰ってから末永先生が申して居りますことにです、これはもう、成程広いお広前じゃないけどいっぱいの御信者さんが、お参りになっとられて、その大半が若い者だというのです、若先生がしっかりやっとられるから、若先生について来る若い者の信心がです、もう生き生きとしておる、もう第一たまがったことは、田主丸の駅につきましたら、チャット合楽の先生が見えるからというて、迎えの自動車が来とった。
 もうされておられるのがです、とにかく生き生きとしておるとこういうのです、勿論帰りには私位な、修行生の私が行っておるにもかかわらず、やはり丁重に扱うて頂いて、ここまで送って頂いた。
 私も先日久留米の教会の東町のあちらの先代の三年祭でしたから、おかげを頂きましたがです、あちらの先生が亡くなられてから、かえっておかげを頂かれているという感じです、隅々まで行き届いているです、そして生き生きとしているです、合楽が漠然と大きいけれども中身にです、そういう生き生きしたものを欠けておるのではないか、只茜雲がです、見とれている様な状態ではなかろうか、これはもうすぐ暗くなるという前提とあるということお互いが自覚出来ていない様な感じでである。
 信心は大きな信心がよい、迷い信心ではいかん、一心と定めい信心は例えば教会が大きいというだけではいけん信者が大きいというだけではいけん、銘々の心の中に生き生きとした、もの有り難いものがなからなければいけない、第一人の話を聞いてです、ああつまらん話という様な、例えば頂き方をする時にはもうすでにこちらの信心がくずれかかっとるときと、わからせて貰はなければならない現にそうした生き生きとしたおかげを受けておるではないか。
 いうなら屋台骨が大きい大きいから成程。電気代だって、燃料代だって、五十何万も一月半位で、払はしてもらうた、私はそれを本当に有り難いと思うた、それが払えるということは、ところがそういう合楽の場合は傾向があるのです、大きうさえあれば良い、沢山払へさえすれば良い、というた、果たしてこれをま一ぺん検討してみて、これは間違うとりゃせんじゃろうか、これは使い過ぎ、贅沢のとき必要でないときに使いよることはなかろうか、中味がないのにそういうことでいはば大きなおかげを頂き乍ら、小さいところからおかげが漏れておる、それはもう合楽教会といへば、筑水では、まあ何というても、甘木久留米又は合楽という風にこういはれてる。
 この頃から本部から信徒会宛に、沢山の小旗が送って聞ておる、それて各教会で引き受けなければならない、ところが相当教会余ったわけです、もういらん、買い手がない、そこでこれは甘木と合楽で引き受けて下さいと、こうして、屋台骨が大きう見えるから、甘木あたりと同等に見られておる、それを今までは有り難いことではあるとこういう頂き方をしとうた、けど実際に実力もないのに、外からそう見られながら、中味はこの様ないはば淋しい明るさ、いうなら、西は夕焼け的な、賑やかさ、それは良いけどその夕焼けであっても茜雲のキレイさであっても、只それをキレイだ御ヒレイだと云うて、只図に乗っておるだけでは、愈暗くなったときに、愈真暗な思いをせなければならんのは、合楽自体である。
 これは私自身のいはばこうして皆さんに申しておりますけれども、私がいつも云う様に、子供の様子を見て、親自身が改まらなければ、今こそ私はね、子供達の信心を見て、ご信者さんの御信心を見て、少し頂いておるおかげに腰掛けておることも同時に私が腰掛けて居るんだなと、私自身が悟らなければならない、成程合楽の信心は大きい、世界に和賀心時代を布くとかね、海外にでも布教に出して貰うとか、確かに祈っている、願っている、そのことは大きいけれども、内容に光を持たない力を持たない事であったならばです、淋しい結果になるだけだ。
 私共が愈大きな信心になって行かなけりやならない、育って行かなきゃならない、それには迷い信心ではいかぬ、一心と定めいとこう仰られる、ここのところをです、思い上りの信心ではいけぬ、一心と定めいと、云う風に頂いて良いところだと思います、他所の教会、小さな教会の人達、お話も大したお話じゃなかったと、云う様な私どもは、大きいかっとか多いからと云うことで、腰をかけていうならば秋永先生が頂き止めて来ておる。
 例えば共励会には、私はあそこが有り難いと思うた、あそこはとても合楽の者が真似の出来るところではない信心をさして貰うて、そう噛んで含める御理解も頂かずにあれだけのことが出来ておることは素晴らしいではないか、そして実際に行の上に表はしておるではないか、そして実際に不可能と思はれる様な、おかげを銘々頂いておるではないか、その証拠にはどこの教会に行ってもやはりそれなりに生き生きとした働きがあって居るではないか、私はそういう様なものを、私は何人かの体験発表の中から私は受け来たと秋永先生は云うておられます。
 だから私どもはそこのところをです、私どもは頂いて行かなかったら、只目が荒うなって、いや怠慢になって、そこからおかげを洩らす、おかげを落とす、して行くという様な、生き生きとした色彩を欠いだものになって来ると云う、ことを思います。
 久富さんが頂いとられます、本家は夕焼け、昨日までは私はこれは繁雄さん一家のことと思うた、あちらの本家に当られますから、けどもこれはそうじゃない、本家が夕焼けというのは、今皆さんの本家であるところの合楽自体が、夕焼けの時である、だから当然暗くなる前提である、その暗いときにです、もうその瞬間、一時でもです、暗い思いをすることはいらんところの生き生きして信心の光をです、頂きとめておからなければ、いけない、桂先生の御教えの中に。
 月入らば、また輝ける日の出かな。
 と云う句が御教えに神様から頂かれたと云う句がございます。
 月入らばまた輝ける日の出かな、いわゆる真暗闇になったと、けどそれはです、もう日の出の前提だと私は合楽の方達はここ辺のところは、出来ておられる様に思うです、何か困ったことにパッとなると信心がシャンとして来るです、そしてこれがおかげの前提だと、云う風に頂き止める信心は、出来とられますけれども、私が今日の御理解から云うとです、月が入ってもです、どんなに真暗になってもです、真暗い思いをせんで済む信心を頂いておらなければならないと云うことを今日は聞いて頂いたですね。どうぞ。